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広島地方裁判所 昭和29年(行)11号 判決

原告 入江平蔵

被告 広島国税局長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が、昭和二十九年五月三十一日附をもつて、原告の昭和二十三年度所得金額を百五十万八千百八円(原告が百五十万八千百円と記載したのは誤記と認める。)となした審査決定を取消し、右所得金額を六十七万九千七百八十二円と変更する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

原告は、昭和二十二年六月頃から翌二十三年十二月中旬頃まで、古物商を営んでいたものであるが、訴外広島東税務署長は昭和二十四年二月二十五日附をもつて、原告が同署長に対して同年一月三十一日附確定申告をもつてなした昭和二十三年度の所得金額百五十万八千百八円を、四百六十一万円に更正する旨の処分をなした。しかし右更正は原告の右年度所得金額を過大に評価した誤りがあつたので、原告は被告に対して、同年三月四日審査の請求をなしたところ、被告は、原告の右審査請求に対する決定をなすにあたり、広島国税局に所属する協議団の協議を経たのであるが、同協議団は、これを調査した結果、原告の右年度の所得金額は六十七万九千七百八十二円とするのが相当であるとの意見を述べたのにかかわらず、被告は昭和二十九年五年三十一日附をもつて原告の右年度の所得金額を当初の確定申告書に記載したと同額の百五十万八千百八円と決定し、右決定書は原告に同年六月七日送達された。

しかしながら原告の所得金額は、右協議団が調査の結果意見を述べたとおり、六十七万九千七百八十二円が正しく原告の提出した確定申告書は訴外広島東税務署員の強迫に基くものでその記載にかかる所得金額は事実に反している。従つて被告のなした前記決定には誤りがあり、右金額を超える所得金額部分の評価は違法であるから取消さるべきである。よつて本件審査決定の変更を求めるため、本訴請求に及んだ次第であると述べた。(証拠省略)

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

原告が、昭和二十二年六月頃から古物商を営んでいたこと、原告主張のような確定申告に対して、その主張のような更正がなされたこと、右更正に対して、その主張のような審査請求がなされ、右審査請求に対して、広島国税局に所属する協議団が調査をなし、被告が右協議団の協議を以て、その主張のような決定をなし、右決定が原告主張の日時に原告に送達されたことは何れも認めるが、その余の点は争う。

被告は、原告の前記審査請求に対して、右協議団による調査の結果(協議団による調査の結果は原告の確定申告書に記載された所得金額をもつて、原告の所得金額とするのが相当であるというものであつた。)を考慮して審議した結果、原告がさきになした確定申告書に記載してある所得金額百五十万八千百八円が原告の該年度の所得金額として適正であると認め、これを是認して審査決定をしたものであるからその審査決定には何等取消さるべき違法はない。右確定申告は原告が自主自発的になしたものであると述べた。

(証拠省略)

理由

原告が昭和二十二年六月頃から古物商を営んでいたこと、訴外広島東税務署長が昭和二十四年二月二十五日附をもつて、原告が同署長に対して同年一月三十一日附確定申告をもつてなした昭和二十三年度所得金額百五十万八千百八円を、四百六十一万円に更正する旨の処分をなしたこと、右更正に対して、原告が被告に同年三月四日附をもつて審査の請求をなしたところ、被告は、これについて調査をした広島国税局に所属する協議団の協議を経て、昭和二十九年五月三十一日附をもつて、原告の所得金額をその確定申告どおり百五十万八千百八円と決定し、右決定が原告に同年六月七日送達されたことは何れも当事者間に争がない。

原告は、確定申告書に記載した所得金額百五十万八千百八円は真実に反するものであり、六十七万九千七百八十二円が真実のものである旨主張し、被告は、右確定申告書に記載してある金額が真実のものである旨主張するので、この点について判断する。

思うに納税義務者の負担すべき租税債務につき、これを現実に納付徴収するためには税額を具体的に確定しなければならないが、申告納税主義をとる所得税法においては政府による賦課処分によつて課税標準が確認されるのではなく、徴税機関に更正又は決定の権限が留保されてはいるが、私人の善意に信頼しこれに基いてなされる申告行為が課税標準の確認行為であつて納税者自ら課税標準(所得金額)を計算し、法定の税率による税額を算出して申告し、自主的に税額を納付すべきであり、この申告によつて、租税債務の具体的内容たる税額が確定されるのである。

従つて右の如き制度の建前上納税義務者において一旦申告書を提出した以上その申告書に記載された所得金額が真実の所得金額に反するものである旨主張する場合には、所得税法第二十七条により修正確定申告書を提出し、又は所得税額の更正の請求をなしうる場合等特別の規定ある場合を除き、申告者において、その申告にかかる所得金額が真実の所得金額に反する旨及び、その申告行為に無効又は取消しうべき事情のある旨の立証をなすを要し右立証のない限り、その申告にかかる所得金額を真実のものであると認めるのを相当とし、このことは禁反言の原則からも肯認され得るところである。そしてこの理は、国税局長が審査決定によつて税務署長においてなした更正処分を取消し、結局申告にもとずく所得金額を納税者の所得金額として是認した場合、申告者がその申告の所得金額が真実でないと主張するとき、においても同一であると解すべきである。

本件についてこれを見るに、先ず所得金額の点について成立に争ない乙第一号証の三の一並びに同第五号証及び証人高橋鉄太郎、同山本信登の各証言を綜合して考えて見ると、原告作成の甲第一号証ないし第五号証の各一、二(古物売買交換明細表)は古物の売買につき、正確な記載をしていない疑があり、且つ原告は古物の売買交換による所得の他に金銭貸付による所得のあることも認められるので右甲第一号証ないし第五号証の各一、二によつて原告の正当な所得金額を算出することはできない。証人福井攻太郎、同初瀬一雄の各証言及び原告本人尋問のうち右認定に反する部分は信用することができないし外に原告主張の所得金額を認定すべき資料は何もない。次に確定申告行為の点について原告は、原告本人尋問において、広島東税務署員に強迫されて確定申告をなした旨、その主張に添う供述をしているけれども右供述は他に調べた証拠に照して直ちに信用することができず、他にその主張事実を認めるに足る証拠は何もない。

そうすると、原告の申告にかかる所得金額が真実の所得金額に反し、且つ申告行為に無効又は取消さるべき事情のあることについて立証がないから、申告にかかる所得金額を真実のものと認めざるを得ず、原告の申告による所得金額を是認した被告の審査決定は適法なものであつて取消さるべき違法は何ら存しないと云わなければなない。

よつて原告の本訴請求は理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大賀遼作 小池二八 下郡山信夫)

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